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ほとんどの事は大した意味がない

この記事の所要時間: 252



世の中の大半の事に大した意味はありません。
それが重要かどうかは人それぞれ、考え方、立場、性格などによります。

例えば「燃やせるごみ」と言うのか「燃えるごみ」と言うのか。

言い方なんて大半の人にとってはどうでも良い事ですが、この二つは別の性質を持つ言葉なので、厳密にわけて考えないと気が済まないといった人も存在するし、立場上厳密にわけて考えたり表記しないと駄目な人も存在します。

つまり人それぞれ異なるので、自分にとって重要ではない事で、気にしなくても良い事ならば、無理して気にする必要はありません。

本来気にしなければならない人以上に関係ない自分が気にしてしまう。
こういった事は世の中少なくないので、だからこそ、殆どのことは大した意味がないと認識しておくことが大事です。

 





面倒だからいいや等の自己中心的思考はダメ

 

「冒頭の例だと燃えるゴミ、燃やせるゴミ。言い方なんてどっちでもいいよ」
これは良いですが、

「燃えようが燃えまいが面倒だしゴミなんて適当に捨てればいいよ」
この様な世間や社会に迷惑をかける事で自我を押し通すのはダメ。
社会のルールは守りましょう。

 

ですが、自分ルールをまるで社会のルールかの様に押し付けてくる人も存在する為、そういった抑制が耐えられないならば、そのルールから逃げるのも手だと思います。

「ゴミを分別せず適当に捨てたい」なんてワガママな理由は論外ですが「毎朝1時間早い出社を強いてくる」だとか「意味なく怒られてるとしか思えない」こういったケースも、その人の独自ルールを強いられてるのと同じなので、こういうルールが耐えられなくてでも改善が無理ならば逃げてしまうのが得策です。

逃げる事で被るデメリットもありますが、メリットも計り知れないと思います。こういった事は全て自分で決断して行動すると後悔がないので、デメリットも踏まえた上で、それでも耐えられないなら自分を守る為に逃げてしまいましょう。




自分に関係ない事

自分にとって関係の無い事だからどうでもいいという考えを、何でもかんでも当てはめてしまうのは良くないと思いますが、それでも自分に関係ない事も存在するという事は覚えておいて損はないです。

人生、取捨選択の繰り返しです。
全てに100%なんて不可能なので、どこかで諦める必要が出てきます。

そういう時に、大概の事には大した意味がない。と思っておくと楽です。

気楽に生きるというのではなく、難しく生きない。
これも考え方、捉え方次第ですが、つらく考えなくて済む事までつらく考えない様にするというのも大事です。

 







 

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